私の使用しているカメラはNikon製のいわゆるフラッグシップモデルと言われる機種です。フラッグシップモデルの定義は当該メーカーの一連の商品群のなかで、最上位であり、メーカーが持てる技術の総力を挙げて製作したモデルであるということになると思いますが、確かに下位機種を手にとればその違いは持っただけでもわかるものです。
カメラに於いてはボディの剛性、防塵性をはじめ、シャッターユニットの耐久性、レンズとの重さのバランス、グリップのホールド感、操作ボタンへの指のかかり具合など細部にいたるまで操作しやすくなっているのがフラッグシップモデルです。下位の後発モデルに於いて一部の性能が上回ることがあっても、上位機種への信頼感というものは揺らぐものではありません。
しかし、一方でメーカー戦略としての下位機種へのあからさまな差別化も感じられます。頑丈かつ精巧であることには相応のコストが転化されて然るべきですが、ボタンの位置・配列などは下位モデルに於いても一部流用されてよいのではないかと思います。
下位モデルはプロユースを必ずしも想定しておらず、むしろ女性やカメラ慣れしていない人をターゲットとしているため、小型軽量化を図り、結果としてデザインも大きな差異を生じるという事情はあります。が、すべてそのような理由でデザインが異なるかと言えばそうではないと思われます。
昔話をしたいのではありませんが、かつてのカメラはメーカーが異なっても操作性は似たものになっていました。現在と比較して機能がシンプルだったためでもありますが、機材を更改する毎にボタンの位置や操作を細かく確認しなければならない(それも同一メーカー製に於いても)最近のカメラは不親切ではないかと思うのです。
例をカメラに求めただけのことで、実際に私たちの身の回りにも同様の事例が散見されます。自動車の計器類などもポジションがまちまちで、他人の車を借りて運転すると誤操作を起こすことがあります。それが深刻な過ちに至らないうちはよいのですが、あまり良いことではないと思います。
プロダクトデザインは、ただ美的感覚に訴えることに集中するのではなく、仕組みの把握、理解を助け、快適且つ確実な操作に至るまでをフォローすべきです。ユニバーサルデザインという言葉も随分と普及していますが、社会の共有知としてのデザインをもったプロダクトがどれだけあるのか、加えてユニバーサルデザインは障がい者を対象と決めていない概念であることを併せ考えると、たかが道具のデザインと看過するものでもなくなってくるのです。