カテゴリー「メディア」の記事

コミュニケーション不成立?

このブログのほかにもmixi、NICeといったSNSに参加しています。mixiはまだ知名度も不十分な頃から始めましたが、当初よりシステムの整合性に優れているのはもとより、マイミクへのリアルな年賀状サービスなど秀逸な試みはさすがと思います。

さて、そのmixiで最近有名人のマイミクになろうというキャンペーン(?)が続いて、もともと軽薄な私も倉木麻衣と古田敦也のマイミクになっています。ばかだなあ。

しかし、このふたりとも日記をアップするとたちまちのうちにコメント件数制限(500件)をオーバーし、なかなかコメントも付けられない状況で、ああ有名人ってタイヘンそうって思います。私があんな状況に陥ったら、迷わず退会するなあ。コミュニケーションのためのスペースでコミュニケーションが成立しないのは悲しいことですね。

かれらにとってはひとつのメディアに過ぎず、倉木麻衣サイドなどはアルバムのリリースに合わせてmixiデビューしてみせたりと、なかなかお上手です。もとより日々多忙で、中身のないコメントなど読み返す暇もないだろうし、もとの日記もゴーストライターがいたりするのかもしれないけれど、もしこの二人のような著名人が本心から見知らぬ人と交友を広げたいと思ったら、匿名でやるしかないんだろうなと思ったりして。

敬称略と一応書いておきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

TVという装置

TVはあまり観ないほうですが、ビジネスものに限っては妻も好きなので、一緒に観ています。「カンブリア宮殿」「ガイアの夜明け」(テレビ東京)「プロフェッショナル」(NHK)は欠かさず観ています。

「ガイア」と「プロ」は同時刻で、その時間仕事中だったりすると、以前はいずれかを諦めていましたが、最近のレコーダーは同時刻の裏録画までできるので非常に便利です。スポーツなどの特番と映画とレギュラーとすべて観たいときにもスポーツをリアルタイムで観れば間に合います。

しかし、そうこうするうち録画して観るのが主流になってきます。CMをスキップできるので時短になりますから。私は仕事柄、CMもチェックはしていますが、それだってネットで話題のものをピックアップすれば足りてしまいます。

実際、我が家のようなTV視聴のスタイルは増えているはずです。レコーダーがデジタル化して、画像も記録媒体も劣化することなく楽しめるようになってからはなおのことです。するといわゆる視聴率というのが怪しくなってくる。そこで、録画率という新しい物差しが必要になり、それも技術的にはすでに完成しているそうです。

三丁目の夕日では一台のテレビがお金持ちの家にやってきて、町内こぞって押しかけるという風景が、郷愁をもって描かれていました。幼い私の家にもTVはありましたが、友達の家のカラーTVが羨ましかったのを憶えています。

時は流れ、TVは個人のスクラップブックの如きものに収まるものに落ち着いて、一大メディアとしての使命についても今後ますます問われることになっていきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

少数意見

最近、メディアにおいてもネットにおいても、ものごとの筋道からでなく、ただ感傷主義的な弱者救済を訴える記事が多いように感じています。むろん何事も賛否両論あって良いのですが、社会全体に直情的な傾向が強まっていることについて、危ういものを感じることもあります。

派遣切りの賛否然り、前回書いた債権差し押さえの記事もそうですが、自分が少数意見であることについては、それはそれで良いと思っています。むしろ少数派だから主張する値打ちがあるのであって、大多数と同意見ならば口をつぐんでいても良いのですから。

ただ、残念に思うのは、我々よりも圧倒的に情報やソースを持っているメディアが、なぜかその資源を活かすことなく、陳腐とも思える記事を出しているということです。そこに真の中立性はあるのか、などと勘ぐってみたくもなるこの頃です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

WBCの広告

海の向こうではWBC、大熱戦の末、日本がUSAを降し、2大会連続の決勝進出を果たしました。序盤は先制され、追いついてまた引き離される苦しい試合展開でしたが、落ち着いてスモールベースボールに徹し、集中打によって一気に引き離す実に良いゲームだったと思います。

さて、WBC第二ラウンド以降は米国での開催となっています。ディフェンディングチャンピオンなのだから日本国内での決勝リーグ開催となっても良さそうな気がしますが、野球の母国、いわば聖地にて開催されることに意義があるのだと思いたいところです。

ところで、米国のスタジアムでの開催にも関わらず、バックネット下の広告は日本企業の広告が日本語表示にて掲出されているのを見て違和感を覚えた方も多いのではないでしょうか。実は彼の地のスタジアムで広告の映し出される壁面は無地になっており、各国が中継用にCG合成した広告を掲載しているのだとか。いわばバーチャル広告というわけです。

スポーツ中継のCG合成というと、北京五輪のCGによる花火といった過剰演出を思い出しますが、WBCのCG広告も距離検出といった高度な技術に支えられ、自然なものに仕上がっているのだといいます。

スポーツという、ライブ感の重要な放送にもCGが駆使されるようになっているんですね。
広告表現も、実体の有無にとらわれず、視覚的に訴えられることで、その領域が確実に広がっているのだと改めて感じました。

さてさて、WBCもあと1勝、決勝の相手韓国とは2勝2敗のタイです。韓国に勝ち越しての優勝ならば完全勝利と言って差し支えないところでしょう。好調の波に乗って、最後まで熱い闘いを繰り広げてほしいところです。

WBCオフィシャル日本代表キャップ(NEW ERA社製) WBCオフィシャル日本代表キャップ(NEW ERA社製)
販売元:MLBグッズ通販ショップ G2SPORTS
MLBグッズ通販ショップ G2SPORTSで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (1)

企業広告に求められるもの

年末年始は、この時期ならではの企業広告が多く、TVのCMなども楽しみのひとつです。

そんな正月に読売新聞がソフトバンクとのコラボレートCMを流しており、改めてメディアについて考える機会を得ました。
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20081229-OYT1T00248.htm

そのCMは人気のカイ君シリーズのキャストをそのまま採用したもので、内容は面白くクオリティも十分の仕上がりでした。異例のプロモーションを実現した関係者の仲介、調整など想像すればその苦労は大変なものだったろうし、ビジネスとしてみればこの試みは実に面白いと思います。

しかし、新聞という、独自の視点が求められるべきメディアのCMに於いて、安易とも思えるコピーが採用されていることについて、疑問を感じずにはいられませんでした。唯我独尊の気概とは対極にあるような、印象を受けたのです。

企業広告は単なるキャンペーンにとどまらず、そこに企業の姿勢が現れるものではないかと思います。制作者はそんなつもりではないと思っていても、また、観る者もそこまで考えていないと言っても、無意識のうちにそうしたメッセージを媒介してしまう、それが広告であると思います。

故に、安易な広告は当該企業の印象を損ねることもある、だから私たちは気を引き締めて、これにあたらなければならないと感じた正月でありました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

デジカメの「功罪」

写真を上手に撮るコツは何ですか?と訊かれることがよくあります。私は仕事にしているので、上手に撮れるのは当然ですが、初心者向けにアドバイスするなら「たくさん撮ってください」ということに尽きます。

露出を変え、アングルを変え、立ち位置を変え、何枚も撮ることです。これはアマチュアもプロもなく、良い写真を撮るには前提として枚数を撮るというのが前提だと思います。

私たちプロは失敗は許されません。
だから、たくさんのカットを撮ります。同じシーンでも2、3枚撮ります。ピンボケも手ぶれも、被写体ブレもすべて許されないからです。

それだけ撮れば良い写真があるのは当然だと思われるでしょう。そう、まさにその「当然」を、プロは実行しているだけなのです。

また、たくさん撮る中で駄目な写真が比例して発生します。次第に駄目な写真がどういうものであるかを学んでいく過程でもあります。

量稽古というのは様々な出来事に於いて有効で、これは写真に限ったことではありませんね。

デジカメならばたくさん撮ってもランニングコストは変わりません。デジカメは従来の銀塩写真を駆逐してしまいましたが、一方で写真愛好者の裾野をぐっと広げたという功績は大きいと思います。

日経 TRENDY (トレンディ) 2009年 01月号 [雑誌] Book 日経 TRENDY (トレンディ) 2009年 01月号 [雑誌]

著者:日経トレンディ
販売元:日経BP社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

愛人と温泉へ??

BSフジで現在放送中の「新・温泉へ行こう!」は、夜7時の放送にはどうかと思うような若い女性たちの裸体(というか、入浴シーン)が次々と映し出され、また、なぜか官能的な女性の歌声がテーマソングとなっていて、私は時々それをぼーっと眺めては愚妻のパンチの嵐をかわすという、月曜の夜はそのような段取りになっております。

それはともかく、この番組の狙いというのが少しわかってきたような気がしました。おそらく「年配の男性」が「若い愛人」を連れて温泉に出かけるというシーンを描いているのだと私はみました。

同番組に登場するのは、常に女性がひとりです。しかし、そのカメラアングルや、ムード、情景、宿や部屋のセレクションにいたるまで、若い女性の一人旅の趣ではないのです。

いずれにせよ、この番組も集合広告である以上はターゲットは明確なのだろうと思います。ま、この邪推が当たっていたといって、私には見果てぬ夢という気がするけれども。

http://www.fujitv.co.jp/cs/onsen/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

プレスリリース

以前、ある工場の新設に関わったときのことです。昔気質な経営者で、上棟式は欠かせない、だけでなく盛大に行いたいとのご意向でした。

上棟式とは建築の途中で工事の無事を祈願する儀式です。建物の骨組みが出来上がった段階で行い、その後棟木を上げるというのがそもそもの趣向だと聞いたことがあります。「棟上げ式」「たてまえ」などとも言われます。建物の四方に清めの酒を振っていたのが、転じて餅をまいたり、ひねり銭や粗品をばらまいたりするようになったようです。私が幼い頃にはよく見かけたものです。友達を誘ってよく出かけたものです。本来、神事であったものが、いつしか工事関係者への慰安のような意味合いのものに変わり、やがて略式化されついには省略されるようになって、最近はあまりみかけることもなくなったのです。

さて、その上棟式ですが、盛大にやるといっても、企業として取り組むからにはただ品物をばらまけばよいというわけにもいきません。そこで、記念行事として全社的に取り組むことにしました。少なくとも200人を集めようとスローガンは「200スマイル」とし、失われた伝統的行事が盛大に復活するという触れ込みで、近隣にPRしました。また、大勢の来場者へ軽食・ドリンクの振る舞い、駐車場の手配など大掛かりな支度に社員の皆さんもおおわらわでした。

しかし、これだけでは文字通り「建前(たてまえ)」に過ぎる、企業として利益に通じる活動に結び付けなければいけないと考えました。そこで、プレスリリースを活用することにしたのです。

地域のTV局、新聞社、工業系の専門紙にプレスリリースを発信しました。結果として、当日はターゲットとしていた地元のTV局、新聞社、工業系の新聞2紙が訪れ、記事にしてくれたのです。式自体も盛大に執り行ったため、各メディアとも好意的に報じてくれました。顧客企業や業界関係者からの反響が少なくなかったのは言うまでもありません。さらには、さまざまな取り上げられ方をして、社内も大いに沸き、活性化するというおまけもついたのでした。

マスメディアとの付き合い方はなかなか難しいものでもありますが、うまく掲載してもらえたら、自分の口で語る以上に伝わるものです。それは「第三者」が介在しているという客観性と、社会の公器たる報道機関の発する情報に対する信頼・信憑性によるものです。基本的に無料というのも魅力ですが、それ以上の、つまり有料広告では得られない効果も時に期待できるのです。反面、意図するところと異なることを書かれてしまうというリスクもあります。プレスリリースの内容は慎重に詰めなければいけませんが、取材のある案件については当日や事後のインタビューでもしっかりコミュニケーションをとり、また、必要に応じて資料を添えて渡すといった配慮も重要です。

プレスリリースにも色々表現・発信の仕方があって、どう書けば、どのように発信すれば取り上げてもらいやすいかという「コツ」があります。もしプレスリリースに興味のある方はご相談ください。方法論だけでしたら無料でご案内させていただきます。ただし同業者と冷やかしはご遠慮ください(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

客観報道

ビジネスパーソン必見(?)のTV番組「WBS(ワールドビジネスサテライト)」。私は防水型のTVに録画し風呂場で観ていますが、最近気になる報道がありました。

「原材料高にあえぐ町工場」というようなテーマの特集でしたが、対照的な2つの企業を紹介していたのです。1社は鋼材等の高騰により仕事がとれない、あるいは加工賃に転化できず苦しい内情を、もう1社は独自の技術により付加価値を得て、逆境をものともせず発展しているというような切り口でしたが、その報道は実にお粗末なものに映りました。

そもそも、独自技術をもったその企業は流通過程における上位企業との結びつきのなかで、発展しているのと同時に「守られている」側面があるということです(そしてまた、何がしかの規制を受けることもあるでしょうから、すべてよしとは言いませんが)。
一方、前者として挙げた加工賃も確保できない中小企業についても、番組が暗に言っているように企業努力が足りない面も当然にあるとは思いますが、ことはそう簡単ではないと考えます。流通過程に於いては上位に力が集中するのは珍しいことではなく、下におりるほどに価格決定権もなく、材料の確保もままならないという「公平とも不公平とも判別し難い」構造があると考えます。殊に材料の高騰を受け、メーカーが材料を支給し、加工賃分の売上しかとれないということも多くあります。零細企業のなかには加工賃すらとれず、材料支給された後の廃材を処分し、加工賃に替えている人もいると聞いています。

だからといって力のない零細企業を保護すべしというのではありません。ただ、町工場ひとつを取り上げるにしても、そこにはメーカーや複数の階層からなる問屋、小売、顧客といったより広い視点から展開し、改めて局部にメスをいれるべきであって、「町工場」という共通点のみで業種業態の異なる2つの企業を並べて論じるといったステロタイプの報道には、強い疑問を感じました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)