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2009年4月の記事

会社案内の制作について

現在、会社案内の制作のご依頼が続き、慎重に打合せをさせて頂いています。会社案内はただ当該企業のプロフィールを列記すればよいというものではなく、古くは創業者の想いに遡り、以降の歴史を積み重ね、いかなる社会貢献をしてきたのか、これからどこへ進もうというのかといったところに立ち入り、そのうえで訴求すべきいくつかのポイントを探り当てなければならないと私は考えます。

思えば、会社案内というのは、個人に置き換えてみれば「あなたはどんな人なんですか?」という問いに対する回答ではないでしょうか。もし私個人がその問いを投げかけられたなら、いくつか特徴的なことを列挙し、それを包括し得る「何か」を見出さなければ、「私はこんな人間です」とまとめることは不可能であると思います。

その「何か」を見出すことは存外難しいものです。殊に自身のことはわかっているようでいて、焦点が合いにくいこともあります。俗に傍目八目と言って、第三者にはよく見えるものもあります。そこをよくヒアリングし、引き出し、まとめあげる企画力が重要になってきます。

これは会社案内というツールに何を盛り込むかという取捨選択の話ではなく、改めて自社のポジションやその負う社会的使命をどのように自己評価するかというところに帰結するものと私は考えます。

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日曜日

久々のオフらしいオフでした。朝のうちに雨も上がって、畑をいじり、午後はタイヤ交換。
適度に体を動かしていたせいか、すっきりとした気分で夜になりました。観たいと思っていたレッドクリフはまたお預けです。

先週もそうでしたが、日曜日は撮影の仕事などに出て、意外と忙しくしています。

Cimg9250撮影の仕事は神経を遣いますが、気の合う仲間たちとの仕事であったりもし、結構楽しんでいます。Cimg9278

「カメラ席」というのがどうも・・・。
次回はもっと品のある表現でいこうと思います。

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自立支援?

最近知り合ったカフェのオーナーさんのところに、あるNPO法人がニートの自立支援プログラムといった企画を持ち込んでいるようで、少し話を伺う機会がありました。

内容は、ニート(の家族)から研修費を徴し、カフェ等でOJTを経験させ、やがて独立させるといったものでしたが、「自立」という言葉の定義が、ニートからの脱却といった精神的・経済的自立にとどまらず、「起業」という社会的自立にまで及んでいるのは、いささか飛躍が過ぎるのではないかという印象が残りました。

こんなこと今さら言う気もしないのですが、起業はそんなに甘いものではありません。精神的・経済的に自立した勤め人が、志をもって起業して、それでも困難を極めるのです。その人のキャリアだけでなく、人柄、人脈、発想、努力、精神といった総合力が問われるのが起業だからです。まして、1年以上就労経験も訓練もしていない人たちにとっては、そのブランクを埋めるのに精一杯で、その先を描き行動する意欲がどれだけあるのか実に疑問です。だって、そんな意欲があったらニートなんてしていないでしょう?

社会全体を振り返れば、派遣切りなどで職に就けずにいる人たちは大勢います。そういった人たちも巻き込んで、ある人は手に職つけてのリスタート、ある人はその先の独立、ある人はニートからの脱却といった総合支援ができたら、社会的にも有意義であり、また、地域活性化にも通じるのではないかと思いました。

ん、事業化できないかな?

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内部統制効かん(機関)?

家電量販店大手のベスト電器が心身障害者向けの低料第三種郵便を不正に利用し、巨額の郵便代金を免れていたことが発覚し、地検の捜査は日本郵便にも及んでいます。

この事件の悪質さは、本来障害者向けという弱者救済的な制度を悪用したこと、そして発送を行った当事者はもとより、広告に関わった一連の関係者の間で不正に得た利得をシェアしていたこと、さらには日本郵便のずさんな管理体制にあります。

建築業界、鉄鋼業界、食品業界と広く法令違反により企業の命運が絶たれることが頻々と起きている背景には、悪知恵を抱きそれを企画提案する輩がいるのは当然のことですが、それを抑止する内部監査機関といったものが欠落していることも問題ではないかと思います。

組織、業界も長く続けば腐敗の芽が出てくるものだとしたら、経験の浅い若手社員のなかから選抜したチェック体制を設け、内部統制の一助とすべきではないかと思います。

とはいえ、トップ自らそのような決断を下しているような企業に於いては、自浄作用に期待するのも困難でしょう。その意味では、不正発覚は腹立たしいことですが、それを機に業界全体に自浄作用が半ば強制的に働くのを期待すべきかもしれません。

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サンキューカード

私は専用の「サンキューカード」を持っています。お礼状をデザインしたものですが、仕事でお世話になった人、情報を頂いた人、食事をご馳走になったとき、色々な場面でそれを発送しています。

当初は営業活動の一助という意味合いが強かったサンキューカードですが、日々感謝を綴り、発送し続けるうちに、自分がいかに多くの人たちのお世話になっているかを感じるようになりました。

独立してからはなおのことです。ともすれば自分ひとりで生き抜いているといった思い上がりや錯覚を抱きがちですが、世の中そう簡単にはできていません。様々な縁が人を支え、見知らぬ他人さえをも生かし合っているのがこの人間社会です。

己の気遣いなどまだまだ至らぬものですが、ふと周囲を見渡すとサンキューの声の少ないように思います。殺伐たる世相の反映かと寂しくもなりますが、感謝の気持ちの足りないように感じる人は、結局はあまり充実した人生を送れていないのではないかという風にも思います。

お世話になったら「ありがとう」、会ってくれたら「ありがとう」、いつもいつも「ありがとう」。
そんな気持ちを感じられること、そのことは忘れずにいたいと思います。

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葉桜の頃

Dsc_2571※サムネイルをクリックすると少し大きめになります。

今年の桜もいよいよ見納めで、風に散る花を眺めに出掛けました。

葉桜の頃というのは、何だか緊張感がなく、だらしのない感じがしてあまり好きではなかったのですが、風に舞う花びらが雪のように美しく、ざわざわと寂しい感情も刺激するようで、こんな花見も悪くはないのだという気がしました。

かつては北上する桜前線を追って、休みの都度遠征していたこともありますが、今はそのような未練は捨て、また新しい季節に向かって進んでいくようにしています。

Nikon D300 VR70-300mm/F4.5

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医療業界のプロモーション

Ecn_logo51 ECNのPR活動によるところもあってか、医療関係の仕事を受ける機会が増えてきました。医療業界はもともと厳然たる広告規制の対象となっていて、広告的な仕事の少ない業界でしたが、近年の規制緩和によりその枠も広がりつつあります。

とはいえ、比較広告や誇大広告の禁止など、医療の信頼性のためにはやむを得ざる規制は今もあります。そこで、他の医院との違いを打ち出し、自医院の特長を打ち出すための手段が必要になりますが、詳細はここには出しません。

医療業界も過当競争の時代に入っており、医者はお金になるというのは少し前の話です。緻密なプロモーションと地域社会への信頼性を、限られた表現のなかでともに確保するのは難題ですが、その分やりがいがあるのは間違いないと思って取り組んでいるところです。

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TVという装置

TVはあまり観ないほうですが、ビジネスものに限っては妻も好きなので、一緒に観ています。「カンブリア宮殿」「ガイアの夜明け」(テレビ東京)「プロフェッショナル」(NHK)は欠かさず観ています。

「ガイア」と「プロ」は同時刻で、その時間仕事中だったりすると、以前はいずれかを諦めていましたが、最近のレコーダーは同時刻の裏録画までできるので非常に便利です。スポーツなどの特番と映画とレギュラーとすべて観たいときにもスポーツをリアルタイムで観れば間に合います。

しかし、そうこうするうち録画して観るのが主流になってきます。CMをスキップできるので時短になりますから。私は仕事柄、CMもチェックはしていますが、それだってネットで話題のものをピックアップすれば足りてしまいます。

実際、我が家のようなTV視聴のスタイルは増えているはずです。レコーダーがデジタル化して、画像も記録媒体も劣化することなく楽しめるようになってからはなおのことです。するといわゆる視聴率というのが怪しくなってくる。そこで、録画率という新しい物差しが必要になり、それも技術的にはすでに完成しているそうです。

三丁目の夕日では一台のテレビがお金持ちの家にやってきて、町内こぞって押しかけるという風景が、郷愁をもって描かれていました。幼い私の家にもTVはありましたが、友達の家のカラーTVが羨ましかったのを憶えています。

時は流れ、TVは個人のスクラップブックの如きものに収まるものに落ち着いて、一大メディアとしての使命についても今後ますます問われることになっていきます。

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仕事の合間の花見

Dsc_0057仕事の途中で桜が見事だったので、しばし休憩をしました。

南の方だったので、もう散り始めですが、散り際の美しさに見とれてしまいます。

Dsc_0034今日は撮影の帰りだったので、カメラ2セットのフル装備でしたが、こういうときはサブ機材が活躍します。

花見客がくつろいでいるところへ重戦車風のごついカメラで切り込んでいくより、軽装備でパシャッとスナップして歩くほうが性に合っている気がします。

Dsc_0044

今週末あたり、我が家周辺にも満開の花見が楽しめそうです。

Nikon D90 17-70mm/F2.8 MACRO

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桜の頃

少し南へ足を伸ばせば、桜も満開となって目に目映いばかりの春爛漫です。ちょうど入学シーズンで、私も撮影のお仕事に出掛けていますが、満開の桜を背景に撮る集合写真は、常に用意できるものではないだけに、贅沢の極みという気がします。

同様の式典の撮影でも、卒業式の撮影はもの悲しくて、暗い雰囲気も漂ってしまいますが、その点入学式は良いですね。私は今さらどこかに入学したり入社したりすることはないけれど、春はやはり気分を一新させる季節であると思います。

不況に沈んだ町を優しく包み込むような、穏やかで気分の良い日が続く、今年の春です。天のはからいというものかもしれませんね。

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修行僧からの電話

以前、部下だったその男は、この春「修行」と称して転職をしました。それは荒行と呼ぶに相応しい大胆な行動だったのですが、私が思うよりも腹がすわっているようで、電話口で元気な声を聞かせてくれました。

一年後、独立するための、今は精神修行。まぶしいほどに純粋で熱い想いが伝わってきて、またそのことが嬉しくて、うんうん、とただうなずくだけの電話口でした。

かつては行動が伴わず、また消極性が目立っていましたが、今や人を巻き込むような迫力が自然に備わってきたようで、こちらも負けてはおれんワイという気になります。

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お断りします

こういう仕事は受けないと決めているものがいくつかあります。いわば事業における決め事です。犯罪はじめ主義思想において反社会的な内容を伴うもの、またはその誘引となり得るものは受けません。まあそれは当然な線引きでしょうが、以外でも受けない仕事があります。

それは、他社が制作したものを、内容そのままに追加作成することです。

これも、当然ではないかと言われるでしょうが、例えば印刷物の制作等に於いては意外とまかり通っていることも事実です。新規の営業先で「今使っている名刺なんだけど、これと同じの作ってくれない?」などと聞かれることがあります。折角のお申し出であり、ご厚意による場合もありますが、それは原則としてお断りしています。

他人のふんどしで相撲をとるなどもってのほかです。また、今使っているものにもどこか不備なり改良すべき点はあるはずで、それを見出して提案し、具現化するのが我々の使命であることを考えれば、単なる焼き直しなどは受けてはいけないと思うのです。

名刺のように一見、簡単そうに見えるツールでも、そこには制作者の意図するところがあります。主要顧客は男性か女性か、年齢層はどうか、役職はどうで、名刺を渡すシーンはどんな時が多いのか、企業のイメージと合っているか、陳腐ではないか、派手に過ぎないか・・・。様々なことを検討し、たった一枚の印刷物が仕上がっていきます。

そのプロセスをしっかり下支えするのが私たちのミッションです。他人様のプロセスに乗っかって果実だけを収穫するのは犯罪的行為(事実、犯罪です)ではないかと思うのです。

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桜はまだかいな

Dsc_0071

日曜日が見事お花見日和と勇んで近所の川原に出掛けましたが、残念ながらまだ4分咲きといった趣でした。桜は8分くらいが綺麗なんですけどね。

近隣でも場所によっては開いているのでしょうが、混雑を避け、花を独占できるいつもの散歩道でのお花見です。

Nikon D90 17-70mm/F2.8 MACRO

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少数意見

最近、メディアにおいてもネットにおいても、ものごとの筋道からでなく、ただ感傷主義的な弱者救済を訴える記事が多いように感じています。むろん何事も賛否両論あって良いのですが、社会全体に直情的な傾向が強まっていることについて、危ういものを感じることもあります。

派遣切りの賛否然り、前回書いた債権差し押さえの記事もそうですが、自分が少数意見であることについては、それはそれで良いと思っています。むしろ少数派だから主張する値打ちがあるのであって、大多数と同意見ならば口をつぐんでいても良いのですから。

ただ、残念に思うのは、我々よりも圧倒的に情報やソースを持っているメディアが、なぜかその資源を活かすことなく、陳腐とも思える記事を出しているということです。そこに真の中立性はあるのか、などと勘ぐってみたくもなるこの頃です。

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定額給付金珍騒動?

定額給付金の支給開始に合わせいくつかの自治体が税滞納者の預金を差し押さえた、または差し押さえようとしたことについて非難の声があがり、鳩山総務相も遺憾とする旨のコメントを出していますが、いやいや、当然の措置ではないかと私は思います。

給付金の主旨を云々するより先に、納税していない者に対して支給される給付金の財源が何であるか考えれば、当然ではないかと思います。そもそも税を納めていない者が給付金を受けることに疑問を感じます。

給付金の主旨に沿うならば給付金をあてても納税し、その後で消費にまわすべきでしょう。

この春、給付金狙いの商戦が活発化していますが、実施されるからにはなるべく貯蓄に回らず少しでも市中を潤してほしいものです。私は、折角なので使い道は決めてあります。

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